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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2343号 判決

原告(昭和五六年(ネ)第二三四二号事件控訴人、同第二二二六号、同第二三四三号、同第二五三二号事件各被控訴人) 光伸商事株式会社

右代表者代表取締役 平井忠五郎

右訴訟代理人弁護士 中田直介

右訴訟復代理人弁護士 本村俊学

右訴訟代理人弁護士 石井憲二

被告(同第二二二六号事件控訴人、同第二三四二号事件被控訴人) 川口市

右代表者市長 永瀬洋治

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士 石津廣司

被告(同第二三四三号事件控訴人、同第二三四二号事件被控訴人) 国

右代表者法務大臣 秦野章

右指定代理人 江藤正也

〈ほか一名〉

被告(同第二五三二号事件控訴人、同第二三四二号事件被控訴人) 粂田隆一

右訴訟代理人弁護士 片岡彦夫

被告磯部孝三郎承継人(同第二五三二号事件控訴人、同第二三四二号事件被控訴人) 磯部教義

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 片岡彦夫

主文

原判決中、原告敗訴の部分を取消す。

被告川口市、同国、同粂田隆一は各自原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告磯部孝三郎承継人磯部教義、同磯部キミ、同磯部敏裕は原告に対し各自金一六六万六六六六円及びこれに対する右同様の金員を支払え。

被告川口市、同国、同粂田及び被告孝三郎承継人らの控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、その各四分の一を前記被告川口市、同国、同粂田の、その各一二分の一を被告孝三郎承継人らの負担とする。

この判決は右第二、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第二二二六号事件

1  被告川口市

原判決中被告川口市敗訴の部分を取消す。

右取消にかかる原告の請求を棄却する。

との判決

2  原告

控訴棄却の判決

二  第二三四二号事件

1  原告

原判決中、原告敗訴の部分を取消す。

被告らは各自原告に対し五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月二三日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決並びに仮執行の宣言

2  被告ら

控訴棄却の判決

三  第二三四三号事件

1  被告国

原判決中被告国敗訴の部分を取消す。

右取消にかかる原告の請求を棄却する。

との判決

2  原告

控訴棄却の判決

四  第二五三二号事件

1  被告粂田、同磯部孝三郎承継人ら

原判決中被告粂田、同磯部孝三郎敗訴の部分を取消す。

右取消にかかる原告の請求を棄却する。

との判決

2  原告

控訴棄却の判決

第二主張

当事者双方の当審における主張は次のとおりであり、そのほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原告

1  須田らが別紙目録二の登記の申請に用いたのは進一名義の印鑑登録証明書である。

2  被告川口市の前記係員が進一の印鑑証明書を交付しなければ外驥雄名義の右登記がなされなかったものであり、右登記が存在しないか、または同被告が外驥雄の印鑑証明書を交付しなければ、原告は外驥雄と称する者との間で売買契約をしなかったものであるから、同被告は外驥雄本人と自称した者と共同不法行為の関係に立ち、右行為と原告の被った前記損害との間には相当因果関係が存在する。

3  原告は、本件売買契約を締結するに際して、登記済権利証、印鑑証明書等登記に必要な書類をすべて所持し、かつ、取引には年令も外驥雄に相応する人物を紹介されたためこれを信用し、また、被告粂田、同磯部らの不動産業者の仲介によるものであり、同業者の訴外永井も隣接地の購入を決めているということから、すでに右被告らによって十分に調査されているものと信じたものである。したがって、原告には本件売買契約締結に際して過失があったとしても極めて軽微なものであり、その分は請求金額の範囲外の損害額において控訴されるべきであって本件請求金額には影響を及ぼさない。

二  被告川口市

外驥雄の印鑑登録申請書(乙第五号証)は、当初山田次郎を代理人とする委任状を添えて広田のゴム印(小さい印)を押捺して提出されたが、担当職員小峰が本件条例七条三号に該当するとの理由で登録拒否を告げたところ、山田は右申請を撤回して辞去し、次いで別人が外驥雄本人と称して右申請書に大きな円形の広田という印影を押捺し、その印鑑を添えて再び同人の印鑑登録申請書を提出した。担当職員は年格好が外驥雄本人に似ていることと保証人二名の保証印があることによって(条例上は一名で足りるが)、右申請は本件条例第三条第一項及び第七条に照して適法であるとしてこれを受理して登録したものである。

三  被告国

登記申請における保証書の意味するところは、それ自体登記義務者の申請意思を担保するものにほかならないものであるところ、所有権に関する登記については不動産登記法第四四条ノ二により登記義務者に対する確認手続に登記官の審査の重点を移しているのであるから、本件登記が登記義務者である進一の照会回答を得た事実に基づいて申請を受理している以上、登記官が保証人の一名につき名下の印影と印鑑証明書の印影との不符合を看過した過失は治癒されるものである。

四  被告磯部承継人ら

被告磯部孝三郎は昭和五四年六月二二日死亡し、磯部キミ、同教義、同敏裕は相続により孝三郎の権利義務を三分の一ずつの割合で承継した。

第三証拠《省略》

理由

一1  被告川口市吏員の過失の有無について判断する。

(一)  被告川口市が広田外驥雄の本件印鑑登録をしたこと、右印鑑登録申請が右外驥雄の申請に基づくものでなかったことは原判決理由説示(二四枚目表三行目から同九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(二)  《証拠省略》によると、昭和四七年九月当時の川口市印鑑条例では、川口市に居住する者が印鑑登録を受けようとする時は、みずから登録の申請をするときは、前住所の市区町村長発行の印鑑証明書あるいは市長が定める証明書等を添えて申請する場合を除き、保証人一名と連署押印した登録申請書を提出しなければならないこと、代理人によって登録の申請をするときは、登録を受けようとする印章を押捺した委任状を添え、かつ保証人二名の連署押印した登録申請書を提出しなければならないとされている。しかるところ、《証拠省略》によれば、本件登録申請書(乙第五号証)は、はじめ代理人山田次郎による申請として保証人菅生賢、同草野寿徳の連署押印を具して提出されたが、申請窓口へ同書面を持参した者が申請人本人であると称したので、窓口の吏員である小峰が代理人住所氏名を抹消し、また、はじめ登録する印欄に押捺してあった小さい印がいわゆるゴム印であったのでこれでは登録できない旨を申請人に告げたところ、申請人が一旦申請書を持ち帰り、もとの印影(小さい印影)を抹消し、別の広田印(大きい印)を押捺して再度申請に及んだこと、その申請が受理され、乙第五号証による印鑑登録が完了したことを認めることができる。しかしながら、右川口市印鑑条例が本人又は代理人による印鑑登録申請に保証人の連署押印を要求しているのは、申請人本人と申請にかかる印鑑との結びつきに誤りのないことを担保しようとする趣旨であって、単に申請人が川口市に居住する実在人であること、あるいは特定の印鑑との関係を除いて単に印鑑登録意思のあることを担保することのみを目的とするものでないことは、川口市自身が定めた申請書の書式(乙第一、第五号証によって明らかである。)が保証人の保証文言として「上記((注)、登録する印、廃止する印の印影を含んだ印鑑登録申請書)は本人の申請であることを保証します。」としていることからも明らかである。そうして右の申請の経過に照らせば、乙第五号証の保証人菅生賢、もしくは草野寿徳は当初に申請書に登録印として押捺されたゴム印(小さい印)が広田外驥雄の印であり、これを外驥雄が印鑑登録するものであることを保証したものであることが明らかであるから、登録する印影のみが保証後に変更された場合、新しい印鑑による登録申請については、印影の変更箇所に保証人の印鑑が押捺してあるような場合を除き、従前の保証の効力は及ばないというべきであり、乙第五号証による印鑑登録申請は川口市印鑑条例第四条に適合しない不適式な申請であり、いわゆる実質的審査をまつまでもなく、形式的審査のみによってその補正をなさしめ、それがなされない限り登録を拒否すべきものであったといわざるをえない。

(三)  しかるに、被告川口市の吏員は、外驥雄の本件印鑑登録申請書(乙第五号証)に基づいて同人名義の印鑑(大きい印)登録をしたものであるから、進一の印鑑登録手続の過失の有無を判断するまでもなく、被告川口市の吏員には右の点において過失があることが明らかである。

2  次に被告国の機関である登記官の過失の有無について判断する。

(一)  被告国の機関である浦和地方法務局の登記官が本件登記をしたこと、右登記申請が進一及び外驥雄の申請に基づくものでなかったことは、原判決理由説示(四五枚目表三行目から同九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(二)  所有権に関する登記の申請を保証書によってする場合には、① その登記所において登記を受けた成年者二人以上が登記義務者の人違ないことを保証した書面を添附すること(不動産登記法第四四条)と、② 登記官が事前に登記義務者に通知し登記申請に間違いのないことを申出た場合でなければ申請を受附けられない(同法第四四条ノ二)とされている。登記官が右二つの審査をするにつき一方を重視するとか、登記義務者の照会回答があれば保証人の審査義務を軽減するなどの規定はないから、登記官が右登記申請を受理するには①及び②の審査を尽くすべき注意義務が要求されているものと解すべきである。

本件登記が保証書によってなされたこと、右登記官が本件登記申請書に添附された保証書中、保証人春山忠義名下の印影と添附された同人の印鑑証明書の印影とが異るのにこれを看過したことは、いずれも当事者間に争いがなく、保証書中の春山忠義名下の印影と同人の印鑑証明書の印影との対比及び《証拠省略》を総合すると、右保証書中の印影と同人の登録印鑑とはその大きさ、刻字体などの相違が歴然としていて通常人であれば一見して異るものであると見分けられることが認められ、これに反する証拠はない。

(三)  そうすると、前記登記官は、本件保証書の審査にあたり、保証人春山忠義名義部分についての印鑑照会義務を怠り、同人の保証がないのに法定の保証書の添附があるものとして本件登記申請書を受理し、これに基づいて本件登記をしたものであるから、登記義務者である進一に対する法第四四条ノ二による照会回答の効力に言及するまでもなく、同登記官には過失があったものといわなければならない。

(四)  被告国は、① 登記官は進一名義の照会回答書を受理しており、保証書中他の保証人高浦義照についてはその印影と添附の印鑑証明書の印影とが同一であるから、全体としてみれば登記義務者の登記申請の意思を確認するための手続を定めた法の趣旨に沿っているとか、② 登記義務者の照会回答を得た場合には保証書の保証人一名の印鑑不符合を看過した登記官の過失は治癒されると主張するが、いずれも独自の見解であって採用できない。

3  被告粂田、承継前の被告磯部孝三郎に対する過失についての当裁判所の認定・判断は原判決のそれと同じであるから、これ(五一枚目裏九行目から五五枚目表二行目まで)を引用する。

二  原告が本件売買契約の履行等として合計二〇二三万九〇〇〇円を出捐し同金額相当の損害を被ったことは、四一枚目表一行目「所持した」のあとへ「前記外驥雄の印鑑証明書」を付加するほか、原判決の認定・判断のとおりであるから、これ(三九枚目裏四行目から四二枚目裏七行目まで)を引用する。

三  右一1ないし3の各行為と原告の損害との因果関係の存否についてみるに、訴外須田某他二名の詐欺による行為によって原告が右二記載の損害を被ったこと、原告代表者平井忠五郎は外驥雄の印鑑証明書、本件登記簿謄本を見せられ、かつ被告粂田、同承継前磯部孝三郎の言辞を信じて本件売買契約を締結したものであることは、前認定の事実によって明らかである。そして右印鑑証明書が本件印鑑登録に基づいて発行されたものであることは原告と被告川口市との間で争いがなく、右登記簿謄本が本件登記に基づいて発行されたものであることは甲第五号証の存在によって推認するに難くないから、本件印鑑登録及び本件登記が前記係官の各過失によってなされた以上、前記一1ないし3の各行為のそれぞれと原告の損害との間には相当因果関係があるといわなければならない。なお、川口市の印鑑登録担当吏員が乙第五号証による印鑑登録申請につき、前述の補正を求めたとした場合、もし申請に当った自称外驥雄がただちに該補正をなしえたとすれば、右吏員としては登録を拒む理由がなくなり、登録が受理せられ、印鑑証明書が発行されたこととなるので、吏員の過失と本件損害の発生との間の因果関係が中断されたとされる可能性があるが、外驥雄が右補正をなしえたであろうとする事情については、これを認めるに足りる資料がないので、右中断があったと解することはできない。

四  そして、前記一1ないし3の各行為及び須田他二名の詐欺による行為とは互いに連鎖的関係に立ち、原告の損害発生について客観的に関連し共同しているから、右行為は共同不法行為の関係にあるものということができる。

五  以上認定の事実によると、被告川口市の吏員及び被告国の登記官は、それぞれ地方公共団体又は国の公権力の行使にあたる公務員として、その職務を行うについて過失によって違法に原告に損害を加えたものであるから、被告川口市及び被告国は国家賠償法第一条第一項により原告の被った損害を被告粂田、承継前被告亡磯部と不真正連帯の関係で賠償する義務がある。

六  進んで過失相殺について考えるに、本件売買において原告に過失があったことは、原判決理由説示(五五枚目表末行から五六枚目表一〇行目まで)を引用するほか、《証拠省略》によると、本件土地は登記簿上、昭和三一年七月一三日受付で進一に所有権移転登記がなされたが、同四七年九月一一日受付で同人の住所が変更され、同月一四日受付で外驥雄に対し同月九日贈与による所有権移転登記がなされていることが認められる。これらの事実を総合すると、わずか数日の間に登記名義人の住所変更、贈与が行われており、不動産取引業を営む原告としては、右記載に疑問を持ち、もとの所有者である進一等につき調査をするべきであるのにこれを怠り、即座に買受けの決意をしたことは、過失があったといわなければならない。

そうして、原告の右過失が本件損害の発生に寄与した割合は、前記一切の事情を勘案すると、二五パーセントと定めるのが相当である。

そこで、右過失割合に従って被告らの賠償すべき損害額を算定すると、

20,239,000円×(1-0.25)=15,179,250円となるところ、原告の本訴請求は被告ら各自につき(被告磯部関係は孝三郎について)一〇〇〇万円の支払いを求めるものであるから、右請求の限度においてこれを認容するべきである。

七  被告磯部孝三郎承継人教義、キミ、敏裕が同孝三郎の死亡(昭和五四年六月二二日)によって同人の権利義務を三分の一ずつの割合で承継したことは、原告が明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

八  それ故、原告が被告川口市、同国、同粂田、同承継前孝三郎(承継人三名は三分の一ずつの割合)に対し各自一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年九月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は理由があるから、これを全部認容すべきであるのに原判決が一部を棄却したのは失当であるからその部分を取消したうえこれを認容し、したがって被告もしくはその承継人らの控訴は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 寒竹剛)

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